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MIMOZA note

八丈島を拠点に暮らす。手芸と旅行と子育てと。働き方。暮らし方。身体のこと。

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国語科教育の目指すところ

教員から離れた今だからこそ、冷静に考える。

 

なんのための国語か。
何を身に付けたいのか。

 

 

夫の意見(中高国語教員免許有り)

僕が国語の授業をやるなら(facebookからそのまま引用)

 

今の国語教育はとても素晴らしいが、もっと国語を「考えるために使ったり、あるいは発せられたり書かれたりする日本語すべて」と総合的に捉えてもいいと思う。

 

たとえば「ユーチューバーになりたい」と言う人がいたら(多いらしい)、ユーチューバーに必要な、あの独特のプレゼンスキルを軸とした国語力をとことん一緒に考えたりしてもいい。なんなら実際ネットに公開したらいい。仮に彼がユーチューバーを飽きてもあきらめても、「こうやって力を身に付けた」というプロセスは頭のどこかにたぶん残る。


日本語で暮らしている以上素材はいくらでもある。

サッカーチームのキャプテンやってる人だったら、仲間への効率の良い指示の出し方を学びたいかもしれない。アーティストだったら、アートを言葉にする語彙力を身に付けたいかもしれない。学びの起点が子ども側にあるのは大事なことだと思う。もちろん大学くらい行きたいって人がいたら僕らのお家芸、現古漢をみっちりやったらいい。いくらでもできるから、国語という教科はいくらでも面白い。

 

 

 

ふむ。なるほど。

確かに言葉というのはツールだなぁ。
やってみたいことを達成するための手段。

 

 

  • 人を納得させる文章が書きたいから、国語を学ぶ。
  • 読みやすいブログを書きたいから、国語を学ぶ。
  • 感動的な小説を書きたいから、国語を学ぶ。


もちろん、

  • 大学に入りたいから評論・小説・漢文・古文をやる

っていうのもあり。

 


いや、上の理由はちょっときれいに書きすぎたかもしれない(笑)

 

 

  • 人を納得させる文章を書いて、○○に自分の意見を通したい。
  • 読みやすいブログを書いて、アクセスアップしたい。トップブロガーになりたい。稼ぎたい。
  • 感動的な小説を書いて、ベストセラー作家になりたい。有名になりたい。印税で暮らしたい。
  • 大学に入って、楽しいキャンパスライフを送りたい。○○の研究がしたい。サークルに入ってみたい。モテたい(笑)

 

とか、そこまで掘り下げて初めて強い動機になるんじゃないかしら。その理由は人それぞれだし貴賎はない。

 

 

 

また、国語に限らずどんな学問も、ツールでしかないんじゃないかなぁ。

 

 

海外で働きたいし、海外で暮らしたいから外国語を学ぼう。
ってことはその国の情勢や文化も知っとかないと困るかもしれないし、地歴・公民も。
距離や時差のことを考えるのに数学も知りたいなぁ。
そういえばこの前買った洗剤、塩素系と混ぜちゃいけないって書いてあったけどどういうことなんだろう?化学を勉強したらわかるかな。あぁ〜かっこよくギターが弾けたらいいな。楽譜読めるようになりたいな。

 

 

とかそういうこと。

 

 

 

 

コミュニケーションツールとして

 

あと、国語に関していうなら「自分の気持ちや考えを的確に表現できるか」っていうのはとても大きい。


普段の会話然り、手紙や書類文然り。本を書くにもブログを書くにもそう。

 

 


と言っても、言葉の持つ意味やイメージは各個人で全く異なる可能性がある。

「芸能人」という単語が良い例で、華やかで憧れの印象を持つ人もいれば、全く逆に大変な仕事・裏があるイメージを持つ人もいる。

 


それを見越した上で且つ、なるべくニュアンスが伝わるように言葉や単語を選んで文章を組み立てていくセンスをいかに磨くか。これが国語科教育の大きな目標、なんじゃないかなぁ。

 

 

 

現時点での私の考えです。