MIMOZA note

八丈島に住んでます。手芸 / 子育て / アトピーや身体のこと / 暮らし方

「ゴミ拾いをして環境を守りましょう」への違和感。

八丈島に引っ越してから、自転車漕いで10分で海に行けるのが嬉しい。



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美しい日の出・日の入りは見放題。
夏は海で遊び放題。
釣りやダイビングも楽しめて、海ガメにはしょっちゅう逢える。

海が近い環境は本当に嬉しい。



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けれど、こんなに自然の残る八丈島でさえ、海辺に流れ着くゴミは多い。



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まぁ、海は繋がっているから、八丈島で出たゴミだけではないんだろう。
日本だけとも限らない。海外のゴミだって流れ着く。



それでも、あまりに興ざめしてしまう光景。


娘と遊んでいても気になってしまい、持っていたビニール袋についゴミ集めしてみた。



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あっという間に袋はいっぱいになったけど、まだまだゴミはたくさんあるし、明日も新しいゴミが流れ着くのだろう。



自主的なゴミ拾い活動、と書くと、ボランティア精神旺盛アピールをしているようで嫌なのだけど、ボランティア的気持ちは全くない。
むしろこれは、自分が気持ちよく浜辺を使うためだけの完全なる利己的な活動だと思う。



ゴミ拾い=環境を守る活動?


昔から、学校のボランティアやら行政の呼びかけやらで

「環境を守るため、ゴミ拾いをしよう!」

というセリフに違和感があった。



いくら街中のゴミを拾おうと、地球全体のゴミの総数は変わらないからだ。

散らばったゴミがゴミ箱に入ったというだけで、環境問題の根本的解決には全くなっていない。




各個人がゴミのことを考えたり、減らそうとするきっかけくらいにはなるかもしれないけれど、その程度だなと思う。


本気で解決したいなら、まずゴミになるモノの生産をやめるべき。
今地球上にある“在庫”だけでも、人は十分暮らせていけるだろう。



「今あるものを使って新しいものを作る」「持っているものを使い切る」は私のリメイクのテーマでもある。

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ゴミを拾っていて思うのは、プラスチック製品の見苦しさ。

紙・木・自然素材の布ならいずれは雨風にさらされて自然に還るだろう。
ガラスや瀬戸物も、可愛らしいシーグラスやタイルになる。


でも、プラスチックやペットボトルはどう劣化しても残るし、それが非常に見苦しい。




もちろん私だって、日常生活でプラスチック製品を使っているし、とても衛生的だし軽くて便利だと思う。

でもあのチープな感じはどうしても好きになれない。



プラスチックだらけの100均もあまり好きではないし、どちらかというと古いアンティークや蚤の市なんかが好き。
その根本には、チープなものたちがその場限りで消費され、自然に還らないということへの嫌悪感があるからなんだと思う。

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哀川 翔さんに「自然とマナー。八丈島 大使」を委嘱しました | 八丈町からのお知らせ


↑こういうのもまぁいいんだけど、(これはどちらかというと環境問題っていうより、マナーへの啓発っぽい)
もう一歩踏み込んでゴミ自体を減らす取り組みを考えないとしょうがないんじゃないかと思う。





海はこんなに綺麗で、今日も海ガメに逢えた。




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けれど後ろを振り向けばこんなにゴミ。




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私がゴミを拾おうと、地球上のゴミは減らない。


ただ、娘とこんな汚い場所で遊ぶのが嫌だから、できるだけ拾うことにする。